Trender's

トレンドリーダー

今週のトレンドリーダーはアートメイクを中心にボディケアまでをトータルで行えるサロン「DIECE MAKEOVER LOUNGE」代表の小野寺亜希さん。
なぜ美容への道を選んだのか、15歳のときに得た「確信」が今の自分のコアな部分と語る彼女から、かなえた夢、これからの夢についてお聞きしました。

小野寺亜紀

小野寺亜希さん
1978年生まれ

●ニキビに悩まされなければ、今の私はなかった?!

実は私、小学校高学年から中学にかけてニキビがひどかったんです。頬はいつも赤く、ドラッグストアに行ってはニキビケアのコーナーでいろいろな化粧品を買いました。いろいろ買ううちに製品の裏書きを見て「アルコールが入ってるんだ」と気付けば、料理酒を使って自家製化粧品を作ったり、「きゅうりパックがいいなら、にんじんも良さそう」とにんじんをすり下してパックしては、顔を腫らしたり(笑)。いろいろ試行錯誤してニキビと戦っていました。

その頃からメイクにも興味があったのですが、こんな肌ではできないですよね。そこで母や祖母、叔母にメイクをしていました。身内だからというのもあると思いますが、結構好評で。そのときプロ顔負けの大きなメイクボックスを買ったんです。母、祖母、叔母はそれぞれ5,000円ずつメイク料と称したおこづかいをくれて、それで私は当時高嶺の花だったディオールやシャネルなどのメイクアイテムを“仕入れ”ては、彼女たちにメイクを施す、そんなことをいつもしていました。

美容への興味がどんどん大きくなるころ、中学卒業後の進路を決める時期に。将来は美容関係の仕事に就きたいという思いはこのころからありましたので、どんな勉強をしたら美容業界で有利なのかを考えました。そこでたどり着いたのが「化学科」のある高校への進学でした。大手化粧品メーカーの研究所のサポートがある学校だったので、いろいろな化粧品を分析し研究できる環境下、私はますます美容業界への憧れが強くなってきました。 そんな高校生活も終わりに近づいたころ、友達と1回800円という破格のエステに行ったんです。当時エステはまだまだ高額なサービスしかなく、高校生の私にはとても手が出せなかったので、このエステを見つけたときはうれしかった!「これでエステが体験できる!」と喜んだものでした。 メニューはスチームを当ててマッサージをするごくごくシンプルなものでしたが、エステ初体験の私にはまるで雷が落ちたみたいな、とても衝撃的なものでした。「なんて気持ちがいい、なんて癒されるんだろう!!」。そしてそれは「これだ!これしかない!」とエステティシャンへの道へ進むことを決定付けた瞬間でもありました。

●美容のプロを目指し就職、そして渡米

高校卒業後、念願の大手エステサロンに就職し、みっちり“修行”しました。同期は200名ほどいたのですが、研修が終わる段階には多くの同期が辞め、実際に店頭でデビューする時には半数の100名以下に。私もつらいと感じたことは少なくありませんが、どんなにつらいことがあっても根底にあるのは「美容のプロになる」という夢。15歳の頃に得た確信をずっと胸に秘め、くじけず日々懸命に働きました。

入社3年を過ぎるころ、もっと視野を広げたいと思い、海外へ行くことを考えました。ハリウッドメイクに始まり、化粧品の開発技術も先端を行く「美容の先進国」であるアメリカを留学先に選んだのはごく自然な流れでした。 まず西海岸はサンディエゴへ渡り1年間語学を学び、その後NYの美容学校へ。生徒の中で日本人は私、ただ一人。一般的な英会話しか身についていない私にとって、美容業界の専門用語は最大の難関でした。知識、技術ともに誰にも負けない自信がありましたが、伝えたいのに伝えらえられないもどかしさが、何より辛かったですね。 語学面だけでなく課題も多かったため日々の勉強は大変でしたが、現場の感覚を忘れたくないと思いから、現地のデイスパで研修を兼ねて接客も経験しました。肌の色が違えば、肌質も全く異なるため、施術方法を熟考し、慎重にならなければなりません。これはさまざまな人種が集まるNYならではの貴重な経験だったと思います。

●漠然としていた開業への思いが、決意に変わった瞬間

NYの美容学校へ1年半ほど通ったころ、私の中に漠然とあったのが「開業」の二文字でした。開業するなら日本でしたい・・・私は帰国することにしました。とはいえ、帰国してすぐ開業できるほどの資金もありません。さらなる視野を広げつつ資金作りをするために、メディカルエステのサロンに勤めることにしました。 皮膚科医とともに美容に携わる環境下で、“治療”をふまえた施術という経験を積むことができ、美容を考える新たな視点を持つことができました。そして、今の私の礎とも言える“出会い”があったのもこのサロンでした。

このサロンのお客様で、アートメイクをしている方がいらっしゃったんです。これまでのアートメイクのイメージは、べったりと平面的なイメージで不自然な印象。しかし、このお客様のアートメイクはアートメイクと言われるまでわからない、自然な仕上がりでした。私はすぐそのアートメイクサロンへ行って施術してもらいました。自ら体験してみてさらに驚いたのが、アイラインとアイブロウを施した顔はいつも見ているはずなのに印象が違うこと。私はここでもまた「これだ!」という確信を得て、アートメイクで開業をしようと決意し、仕事をしながらアートメイク学校に通い、技術を習得しました。

●開業そして、さらなるステップアップ

アートメイクを中心としたサロン「DIECE MAKEOVERLOUNGE」を開業し、早2年。開業からすでに多くのお客様に来ていただいていますが、中でも印象的だったのは80歳を超える女性のお客様。眉とアイラインのアートメイクを施したのですが、施術後鏡をご覧になったとき、あまりのお顔の印象が違うことにびっくりされたと同時に、肌色もほんのりピンクがかかったような、まるで恋する乙女のような初々しい、とてもうれしそうな表情をされたんです。女性はいくつになっても女性なんですね。 実は男性のお客様もいらっしゃるんですよ。その方は眉を整えられたのですが、精悍なイメージになり、ますます魅力的になられました。「彼女ができました!」というご連絡をいただき、美しくなることは女性だけでなく男性にとっても喜びであるということを実感しました。

ご来店いただくお客様の多くはクチコミでアートメイクを知った方ばかりです。アートメイクのイメージは、かつて私が持っていた「平面的なメイク」というのが強く残っているようで、実際にアートメイクを体験した方を見て、納得してからトライするという方が多いんです。そんなアートメイクはまだまだこれからというメイク法ですが、多くの方に知っていただきたいと思っています。これが今の私の夢です。美容という枠を超えて、他業種とのコラボレーションを展開したり、いろいろな形でアートメイクを広めていきたい。そんな思いが大きく膨らんでいます。

※この記事は、2006年12月、トレンダーズに掲載されたものを転載したものです。

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